アナリストの小泉悠氏が、ロシア・ウクライナ戦争の現状と、日本が直面するロシアの情報戦の脅威について解説する。戦況が「極めて厳しい」ウクライナの現状、そして、その裏でロシアが仕掛ける情報戦の真の目的が「日本を分断する」ことにあると指摘する。
ウクライナの夏の正念場とロシアの次の狙い
ウクライナは2024年以降、東部ドンバス地方でロシアに主導権を奪われ続けており、戦況は「極めて厳しい」状況にある。
特にこの夏(約3ヶ月間)は、秋口になると大規模な野戦が困難になるため、ウクライナにとって極めて重要な時期となる。
もし要衝「ポクロシク」が陥落すれば、ドンバス南部の防衛線全体が崩壊し、さらに北西部の「スラビアンスク」も脅かされる可能性がある。
ロシアのプーチン大統領は、「4州全土の掌握」をこの夏の攻勢で実現しようと考えている。しかし、仮にこれを実現してもロシアの要求は止まらない可能性が高い。「プーチンはもっともっと圧力を強めなきゃダメなんだ」と当然考えるだろう。ドニプロペトロウシクやハルキウといった主要都市への侵攻も視野に入れていると見られている。
一方、米国からの軍事援助は、一時的に停止する時期があったものの再開された。特に重要なのは、「NATOが金を出してアメリカが武器を作ってこれをウクライナに送ってあげるという仕組み」が構築され始めたことだ。これは、トランプ政権下でも継続性を担保する上で重要な変化だと小泉氏は評価する。
現代の情報戦の真の目的
ロシアが仕掛ける現代の情報戦は、兵士の私物スマホをハッキングし、偽のSMSを送って部隊を誤誘導するといった高度な戦術が取られている。「ぶっちゃけ軍用通信システムよりもスマホの方がはるかに高機能」なため、このような戦術が効果を発揮するのだ。
しかし、この情報戦の真の目的は、人々の考えをロシアのナラティブに「書き換える」ことではない。そうではなく、「人々が信じてるものを信じられなくする」ことにある。
その結果として、「ロシアいいか悪いか知らないけども、なんか日本政府も信用できないよねとか」「ロシアがいいかどうかわかんないけどアメリカも悪いよね」といった多角的な不信感が醸成される。
最終的には「結局ロシアもアメリカもどっちもどっちじゃん」という考え方を広め、戦争への無関心を誘うことが目的だ。「どれも一篇の真実は含んでるわけですよね。この部分を増幅させる」ことで、ニヒリズムを生み出すことを狙っている。
公的な情報が信用されなくなると、「信じられるのはやっぱり知ってる人たちとの口コミだよね」という話になり、そこに「簡単に陰謀論が入ってきちゃう」。「テレビでは言わないけどさ。実はこういうことらしいよ」といった情報が広がりやすくなるのだ。
日本を狙うロシアの情報戦
ロシアは以前から日本を「中立化させたい」と考えている。ロシアの情報戦の主なターゲットは、「日米同盟体制とか、アメリカと協調する政府であるとか、そういうものに対する疑問とか陰謀論的なものの見方とかを広げる」ことにある。
そのためのツールの一つが、ロシアの国営プロパガンダメディア「Sputnik(スプートニク)」の日本語版だ。
かつての露骨なプロパガンダから戦略は変わり、最近では「日本の中でメインストリームじゃない人たち」を積極的に起用し、日本人自身が日本人に向けて語る形を作り出している。
「右側で言えば、今の日本政府はアメリカ追いでけしからん。主権を失ってると言う人たち」や「左側においても似たようなことを言っていて、結局日本はアメリカに占領された国ではないか」といった層の日本人を起用することで、日本人自身が発信した情報のほうが「プロパガンダがより効く」のだ。
その結果、特定の意見が炎上し、感情的な対立が生まれる。「お互いに感情的に溝ができていく」状況が生まれる。この「政治の話をすると荒れるからやめようって話になってっちゃう」ことこそが、ロシアの狙いである可能性が高い。
この情報戦に対処するためには、「なんだこれ許せんっていう気持ちだけで突っ走ると何一つ良いことはない」と小泉氏は警告する。感情的になるのではなく、「一呼吸おいて、ワントーン柔らげる」といった冷静な対応が求められるだろう。
はたして、私たちはロシアの情報戦の真の狙いを理解し、分断の罠を回避することができるだろうか――。
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