弁護士のケン・ユン氏が、南シナ海、特にベトナム沖の島々を巡る中国の野心と、それに対するベトナムの対抗策を詳細に解説する。資源、戦略、歴史的主張が複雑に絡み合う紛争の核心に迫る。
中国が南シナ海に執着する理由
中国は、国際的な非難を浴びるリスクを冒してでも、南シナ海の島々、特にパラセル諸島とスプラトリー諸島を欲しがっている。その理由は、資源、戦略、そして歴史的主張の三つに集約される。
一つ目の「資源(Resources)」は、石油と天然ガス、そして水産資源だ。東シナ海は米国エネルギー情報局によると、「110億バレルの石油と190兆立方フィートの天然ガス」を擁する炭化水素の宝庫である。中国はこれらの資源を確保することで、エネルギー安全保障と新たな資金源を確保しようとしているのだ。また、この海域は数百万人の食料となる水産資源の宝庫でもある。中国は毎年5月1日に行う漁業禁止措置などを通じて、この海域が「我々のものだ」と主張し、ベトナムの漁師を締め出す行動に出ている。
二つ目の「戦略(Strategy)」は、世界の貿易路の支配と、米海軍への対抗である。これらの島々を支配することは、「年間3.4兆ドルに及ぶ世界の貿易路を支配する」ことを意味する。これは、世界で最も交通量の多い高速道路に料金所を設置するようなものだとケン・ユン氏は例える。また、中国は環礁を滑走路やミサイル発射台を備えた人工基地へと変貌させている。スプラトリー諸島に中国の基地があれば、貿易路を封鎖したり、即座に攻撃を開始したりすることも可能になる。
そして三つ目は、歴史的な権利の主張と「九段線」だ。1947年に中国が南シナ海の約90%を囲むように引いたこの線は、ベトナムやフィリピンなど、多くの国が自国領だと主張する海域を横断している。しかし、2016年にハーグ仲裁裁判所は「中国の歴史的権利の主張は法的根拠がない」と判断し、これを違法と宣言した。だが、中国はこの判決を無視し、沿岸警備隊のパトロールを強化し続けている。
中国の戦術とベトナムの対抗策
中国は、武力衝突を避ける形で領有権を主張するための戦術を駆使している。沿岸警備隊による監視や、科学調査と称した隠れた意図のある活動がその典型だ。さらに、何百隻もの漁船がAISトラッカーをオフにして漂流する「海上民兵船の群れ」は、平和的な漁師というより軍事目的を疑わせるものでもある。
一方、ベトナムは中国のこうした動きに対し、「パンチングバッグ」ではなく、「断固として立ち向かっている」とケン・ユン氏は語る。その対抗策は多岐にわたる。
まず、軍事力の強化だ。ベトナムはF-16V戦闘機の取得を進め、インドのブラモスミサイルに関心を示している。また、スプラトリー諸島の滑走路に700エーカー以上の新たな砂を投入するなど、軍事的な対応も強化している。
次に、巧みな外交手腕「竹の外交(Bamboo diplomacy)」である。しなやかに曲がるが決して折れないこの外交方針により、ベトナムは米国やフランスとの防衛協定を締結し、インドネシアやフィリピンとは共同パトロールを実施している。日本とも演習を行い、多国間での連携を深めている。
また、経済的な影響力も大きな武器だ。ベトナム経済は好調で、2025年だけで184億ドルの外国直接投資があり、これは前年比51%増となる。アップルやインテル、レゴといった世界的大企業がベトナムに投資しており、これらの投資は中国の製造業独占に対する「ソフトな一撃」となっている。
そして、国民のナショナリズムの高まりだ。「ダナンでベトナムがこれらの島々を所有している」と主張する若者たちが声を上げ、「#BoycottChinaProducts」がトレンド入りするなど、国民感情も中国の圧力に屈しない姿勢を示している。
紛争勃発の潜在的影響と今後の展望
この対立がエスカレートした場合、世界経済は甚大な影響を受ける可能性がある。もし世界で最も交通量の多い海路が閉鎖されれば、2021年のスエズ運河閉鎖時のような事態が起き、1日あたり約100億ドルの損失が生じるかもしれない。また、サプライチェーンに打撃を与え、iPhoneやLG製品などあらゆる商品の価格が「パニックのインク」で書かれることになるだろう。
現在、中国を撤退させるには、ミサイルや関税、あるいは「団結した『ノー』の壁」が必要だとケン・ユン氏は結論付けている。ベトナムは、軍事力、同盟国、そして経済力をもって反撃しており、今後の地政学的なスコアボードに刻まれる動きに世界が注目している。
この熾烈な攻防は、はたしてどのような結末を迎えるのだろうか――。
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