元警視庁公安捜査官の勝丸円覚氏は、日本が「スパイ天国」と呼ばれる最大の理由はスパイ活動防止法が存在しないことだと語る。各国がスパイを取り締まる法律を持つ中で日本は異例だという。ロシアは公開の場で名刺交換から対象を探り、中国は「断った場合、お父さんお母さんがどうなるか分からない」と脅迫して在日中国人留学生らをリクルートする手口を詳述した。
「スパイ天国」日本:法律不在の深い闇
勝丸氏によると、日本が「スパイ天国」と呼ばれる最大の理由は、スパイ活動防止法が存在しないことである。ほとんどの国がスパイを取り締まる法律を持つ中で、日本は非常に珍しい国だ。過去2回、法案成立寸前までいったが、野党の反対によって阻止されてきたという。野党の反対理由は、公安警察に強すぎる権限を与えることへの懸念である(戦前の軍国主義時代における自由主義者や社会主義者の逮捕・死亡を例に挙げている)。しかし、勝丸氏は、野党の中にはスパイ活動への加担や脅迫を受けている者もいる可能性を指摘している。
各国の状況を例に挙げると、中国には「国家情報法」があり、国民は国の安全に貢献する義務を負う。また、在日中国人の膨大なデータベースが中国大使館にあるとされている。このような背景が、日本におけるスパイ活動をより複雑で深刻なものにしていると勝丸氏は語る。
ロシアと中国の具体的なスパイ手口
スパイの手口は、国や情報機関によって異なるという。勝丸氏は主にロシアと中国の事例を挙げ、その具体的な手口を詳述した。
ロシアのスパイ活動:公開の場と「見てたぞ」作戦
ロシアのスパイ活動は、シンポジウムやパーティーなどの公開の場で名刺交換を行い、対象者を探るのが一般的だという。彼らは外交官として公式に在日しており、顔、名前、自宅などの情報は把握されている。
勝丸氏は具体的な事例として、元陸上自衛隊トップのケースを挙げた。ロシアの情報機関員が名刺交換した相手を尾行したところ、その相手が退職した陸上自衛隊のトップであることが判明したという。その人物は尾行を警戒する動きを見せ、実際にスパイと会っていたことから、自衛隊の情報漏洩に関わっていたと推測される。
また、「見てたぞ」作戦という水面下での情報漏洩阻止策も紹介された。これは2年がかりの捜査で情報漏洩が止められないと判断した場合、捜査官がスパイの前に姿を現し「2年前から見ていたぞ」と告げることで、スパイ活動を停止させるものだ。この場合、そのスパイは「オペレーションに失敗した者」として不名誉な帰国を余儀なくされるという。これは事件化には至らないが、水面下で情報漏洩を阻止する手段だと勝丸氏は説明する。
中国のスパイ活動:脅迫と「ハニートラップ」の巧妙さ
中国のスパイ活動は、ロシアとは異なる手口を用いるという。中国大使館内にいる「スパイマスター」が現場に出ず、複数の「メッセンジャー」を通じて情報収集を行うのが特徴だ。
リクルートの対象となるのは、在日中国人留学生、元留学生、日本人と結婚した中国人などが主な対象となるという。中国には「国家情報法」が存在するため、中国人は国の安全に貢献する義務がある。この法律を背景に、メリットとデメリット、そして脅迫を巧妙に使い分ける。メリットとしては、「貢献」すれば、両親の年金アップ、中国帰国時の就職斡旋、情報に応じた報酬などが提示されるという。
一方、デメリットや脅迫はさらに深刻だ。「断った場合、お父さんお母さんがどうなるか分からない」「あなた(法律違反なので)帰国した時逮捕です」と脅迫され、ほとんどの人が断れない状況に陥るという。情報源としては、「日本人のフィアンセがいて、日本人になりたいのにこんな悪いことをしている」「会社に恩があるのに情報を抜くのは心苦しい」と感じたリクルートされた中国人が、良心の呵責に耐えかねて日本の警察に駆け込むことがあるという。中国の元スパイがオーストラリアやアメリカに亡命し、情報機関間で情報交換が行われた際に、日本で行われている手口と全く同じであることが判明したことも語られた。
さらに、中国は日本人を標的とした「ハニートラップ」も仕掛けてくるという。共同作業や通訳として接触し、酒を飲ませたり、記念撮影と称して寝室が写り込むような写真を撮ったりして脅迫の材料とするという。
公安警察の仕事と日本の課題
公安警察は、殺人や強盗などの「すでに起きた事件」を捜査する刑事とは異なり、スパイやテロを「未然に防ぎ、未然に潰す」ことを仕事としている。そのため、マスコミに取り上げられることは少なく、秘密主義的な組織だ。かつては潜入捜査も行われていたが、現在はリスクやコストが高いため、あまり行われていないという。代わりに、情報提供者(協力者)を作る方法が一般的になっている。日本がスパイ活動に対抗する最も強い手段は、不法な外交官を国外追放することであり、過去に例があるという。
公安警察は中国のスパイ活動の実態を把握しているが、それを公にすることは「ご法度」とされている。内閣情報調査室などを通じて情報が共有され、首相官邸や外務省の判断で対応が取られるのだ。スパイはメディアにも浸透している可能性があり、特定の国に不利な報道を止めさせたり、ハニートラップなどで情報を操作したりすることが指摘されている。
日本が直面する課題は、やはりスパイ防止法の欠如が大きい。法的な根拠がないため、公安は水面下での活動に重点を置かざるを得ない。中国の「国家情報法」による脅威は、中国共産党の支配下にある在日中国人が強制的にスパイ活動に協力させられる構造を生み出し、日本の安全保障上の大きな脅威となっている。彼らが良心の呵責に耐えかねて公安に駆け込んでも、本国の家族を守ることは困難である。スパイ活動は単なる情報窃取に留まらず、メディアを通じた世論操作や、日本の法律制定への干渉(スパイ防止法への反対運動など)にも及ぶ可能性があると勝丸氏は警鐘を鳴らす。
勝丸円覚氏の証言は、日本が法的な防御が手薄な「スパイ天国」であり、特に中国やロシアといった国の情報機関が活発に活動している現状を浮き彫りにした。公安警察は水面下でスパイ活動の阻止に尽力しているものの、スパイ防止法の制定なしには根本的な解決は難しいという。はたして、国民一人ひとりがスパイの手口や脅威を認識し、政府もさらなる対策を講じることで、日本の安全保障上の喫緊の課題を解決できるのだろうか――。
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