中東情勢は常に世界の注目を集める。その中心に位置するイスラエルは、特にイランの核開発やガザ地区の情勢に対し、強い懸念と独自の視点を持っている。イスラエル大使ギラッド・コーヘン氏が、イスラエルの安全保障に対する考え方、そして現在の行動の正当性を説明した。コーヘン氏は、イランが「60%に濃縮されたウランを保有」し、「イスラエルの破壊を訴え」ていることを「深刻な脅威」と捉える。ガザでの作戦は「ハマスを攻撃の対象としており、民間人を標的としていない」と強調し、イスラエルの行動は「国際法に基づいた自衛行為」だと主張した。
イスラエルが直面するイランの「火の輪」の脅威
ギラッド・コーヘン大使は、イランがイスラエルと周辺地域に「深刻な脅威」を与えていると語る。その最大の懸念は、イランの核兵器開発だ。イランは「60%に濃縮されたウランを保有」しており、これは「原発9基分」に相当するという。大使は、「核兵器製造に相当する60%濃縮ウランが平和目的に必要なのか、なぜ地下壕に隠し、長距離ミサイルを開発するのか理解できない」と疑問を呈した。イスラエルは、情報機関が3年前にイランの具体的な核計画に関する公文書を発見し、「イランがイスラエルを破壊する能力を構築している」と理解していると主張する。そして、「6ヶ月後にはウラン濃縮度が90%に達し、9発の原爆を手にする可能性」があったため、早期の行動が必要だったと大使は語った。
さらに、大使はイランの「破壊を目的とするイデオロギー」にも警鐘を鳴らす。1979年以来、イランの指導者たちはイスラエルの破壊を訴え、「小悪魔」と呼んでいるという。テヘランの中央広場には、イスラエルの終焉までの時を刻む時計があるとも指摘し、最高指導者ハメネイ師がイスラエルを「取り除かれるべき腫瘍」と繰り返し発言していることを、「1930年代のナチスのイデオロギーがユダヤ人を『取り除かねばならない腫瘍』と呼んだことと比較」し、「イランの言葉を信じないリスクは取れない」と強調した。
イランのミサイル能力も脅威だ。イランは今後3年間で1万発、6年間で2万発の弾道ミサイルを製造できるとされ、「世界最大の長距離ミサイル兵器を持つ」ことになるという。加えて、イランは南のハマスとイスラム聖戦、北のヒズボラ、シリア、イラクのシーア派民兵組織、西岸のハマス、イエメンのフーシ派といった「代理勢力のテロ組織」をイスラエルの周囲に配置し、「まるで火の輪」のように封じ込めようとしていると表現した。大使は、イランの計画には2027年に原爆1発の投下と数千発の長距離ミサイル攻撃、そして南北からの代理勢力による侵攻が含まれており、テルアビブでの合流を目標としていたと説明した。また、イランがウクライナを攻撃するための兵器や無人機をロシアに提供しており、北朝鮮と中国、ロシアとの関係も「非常に危険」であると警告した。
「ホロコーストを二度と起こしてはならない」:イスラエルの自衛
イスラエルは、イランへの攻撃、そしてガザでの作戦が国際法に基づいた自衛行為であると強く主張している。大使は、イランが核兵器を持つことを阻止し、爆弾製造に向けた動きを止めることが目的であり、米国との交渉が失敗した際には「行動を起こさざるを得なかった」と説明する。2024年10月と4月には、イラン自身が長距離ミサイルでイスラエルを攻撃したと指摘し、イスラエルの行動は大規模な攻撃に対する「自衛」であると強調した。大使は「ホロコーストを二度と起こしてはならない」という誓いを強調し、イランの脅威を見て見ぬふりはできないと述べた。
G7首脳会議の声明で「イスラエルには自国を防衛する権利がある」と明言されており、イランが地域の不安定とテロの主要な原因であること、そしてイランは決して核兵器を持つことはできないと述べられていることから、イスラエルは自国の行動が「明白な自衛行為」であると捉えているという。日本政府もこの立場を支持していると大使は感謝を表明した。
ガザでの軍事作戦については、イスラエルは「ハマスを攻撃の対象としており、民間人を標的としていない」と繰り返し強調する。民間人への被害を最小限に抑えるため、「数百万枚のビラを撒き、SMSで避難勧告を送信」し、ガザ南部のアル・マワシ地域に避難場所を設けるなど、「あらゆる努力をしている」と説明された。イスラエル軍(IDF)は国際法に従う民主主義国家の軍隊であり、軍内部には法律顧問が常駐し、攻撃が戦争犯罪に該当しないか、国際人道法に反しないかを精査しているという。パイロットは、子供たちが遊んでいるのを見れば攻撃を中止するなど、「道徳的に行動」しようと努めていると説明された。
大使は、ガザでの民間人の死はイスラエルにとっても悲劇であると述べ、民間人の犠牲が起こるのは「ハマスが子供や女性を『人間の盾』として利用し、民間人の建物(病院、モスク、学校)の地下に隠れているため」だと主張した。ハマスは支援物資を略奪し、闇市場で売却して再武装していると非難されている。ガザでの目標は、「人質全員の解放」と、「ハマスのガザからの撤退および武装解除」であると明確にされた。
核兵器政策と「力による平和」
イスラエルは核拡散防止条約(NPT)には加盟していないが、「中東において最初に核兵器を導入しない」という基本方針を貫いていると繰り返し述べている。イスラエルは国際原子力機関(IAEA)のメンバーであり、医療用研究センターでは査察を受け入れているという。
大使は「力による平和」という考えを支持し、時には平和のために強さを示す必要があると強調した。イスラエルは、相手がイスラエルを破壊できないと理解した時に和平が実現すると考えており、北朝鮮の例を挙げ、外交が失敗した場合には行動を起こす必要があると述べた。イスラエルは、周囲の敵がユダヤ人であるという理由だけでイスラエル人を殺すと誓っているため、「他に選択肢がない」と語る。ゴルダ・メイア元首相の「アラブ諸国が武器を置けば平和が訪れるが、イスラエルが武器を置けばイスラエルは滅ぼされる」という言葉を引用し、イスラエルの置かれた状況を説明した。
平和への展望:二国家解決の「難しさ」
イスラエルは平和を望んでいるが、その実現には大きな課題があると認識している。イランについては、核兵器開発を止め、テロリストを送り込んだり、長距離ミサイルや無人機を製造したりする「憎悪に満ちた政策」をやめれば、良好な関係に戻れるかもしれないと述べた。しかし、イラン指導部がイスラエルの国家の破壊を呼びかけ、国旗を燃やすような行動を続けている現状では、「明るい未来は見えない」という。
パレスチナとの平和については、イスラエルはガザから撤退し、再入植するつもりはないと表明しており、ガザが平和で安全な場所になり、イスラエルを脅かさない地域になることを望んでいる。しかし、ハマスは統治権を持つべきではないと断言した。
「二国家解決については、現実的には非常に難しい」と考えている。その理由として、パレスチナ側が武器を持つ可能性、子供たちへの反ユダヤ教育、ハマスのような過激思想の排除が困難である点を挙げた。イスラエルは、パレスチナ人が豊かに自由に生きることを願っているが、「彼らが軍隊を持つ権利はない」と主張しており、イスラエルが地域の安全保障を管理すべきだと考えている。過去の和平交渉でイスラエルはパレスチナ側に良い提案をしてきたが、パレスチナ側が拒否したと大使は主張した。
イスラエルの不安の根源にある歴史
大使は、イスラエルが抱える不安や心配の根源を歴史的な背景から説明した。ユダヤ人は何千年もの間、バビロニア人、ローマ人、ナチス、スペイン異端審問などによって追放され、迫害されてきた歴史があり、2000年の時を経てようやく国連と世界に認められ、自国を築いたと語る。独立宣言の中で平和の手を差し伸べたが、拒否され、自国の独立を守るために戦わざるを得なかった過去があり、それは今も続いていると述べた。イランやその他の国々がイスラエルの破壊を公言し、核兵器やミサイルを開発している状況で、もし数千発ものミサイルが飛んできたらどうなるかということが、イスラエルの不安の正体であると説明した。
イスラエル大使ギラッド・コーヘン氏のブリーフィングは、イスラエルが直面する脅威と、それに対する自国の行動の正当性を力強く訴えるものでした。しかし、彼の言葉は、国際社会からの批判や疑問に対するイスラエルの公式見解を色濃く反映している。はたして、この「力による平和」というアプローチは、中東に真の安定をもたらすのだろうか――。歴史的な背景と現在の地政学的現実が複雑に絡み合う中東の平和への道筋は、依然として見通せない。
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