2025年参議院選挙は、これまで揺るぎなく自民党を支持し続けてきた、いわゆる「岩盤支持層」と呼ばれる保守層でにとって、極めて重い選択を迫る選挙となっている。彼らは今、長年寄り添ってきた自民党の保守派議員を変わらず支え続けるのか、それとも近年台頭する参政党や日本保守党といった新興保守勢力に票を投じるのか、その岐路に立たされている。
安倍政権下の「保守の希望」と、その後の落胆
安倍晋三元首相が政権を担っていた時期、自民党は国政選挙で圧倒的な強さを見せ、連戦連勝を重ねた。その原動力となったのが、まさに「岩盤支持層」だ。彼らにとって、安倍元首相は「保守の悲願」であった憲法改正を明確に掲げ、日本の安全保障の強化、伝統的な家族観の維持、そして「日本を取り戻す」という力強いメッセージを発する、まさに「希望の星」であった。現行憲法が占領下で制定されたものであるという歴史認識、自衛隊の存在の曖昧さへの不満、あるいは戦後日本の「自虐史観」からの脱却を願う保守層にとって、安倍元首相のリーダーシップは絶対的な信頼と支持に値するものだった。経済政策「アベノミクス」による株価上昇や雇用改善といった成果も相まって、自民党は彼らにとって「唯一無二の保守政党」として君臨した。
しかし、2022年夏の安倍元首相の突然の暗殺という衝撃的な出来事は、この強固な支持構造に深い亀裂を生じさせるきっかけとなった。彼の不在は、自民党における憲法改正の強力な推進力を事実上失わせることになった。安倍元首相のような「憲法改正に歴史的使命感を持つ」リーダーシップが失われたことで、岸田文雄氏、そして石破茂氏へと首相が代わるにつれ、憲法改正は政権の最優先課題から徐々に後退していく。保守層は、長年の「悲願」が棚上げにされたかのような状況を目の当たりにし、少なからず失望感を抱くことになった。
LGBT理解増進法成立が決定打──「裏切られた」と感じた保守層
この失望感を決定的なものにしたのが、岸田政権下で成立したLGBT理解増進法案である。この法案は、これまで自民党を支持してきた保守層にとって、まさに「裏切り」と感じるほどの衝撃を与えた。
保守層は、日本の伝統的な家族観や性規範を重んじる傾向が極めて強い。彼らにとって、性自認に基づく社会の変化を容認するこの法律は、「日本の伝統的な価値観を破壊する」という強い危機感を抱かせた。また、法案の審議が拙速に進められ、与党内での十分な議論が尽くされなかったことへの不満も大きかった。保守層からは「国民の声を聞かず、一部の声に押されて政策決定が行われた」という批判が噴出し、「自民党はもはや自分たちが支持すべき保守政党ではない」という認識が急速に広まった。
この一連の出来事は、自民党が「保守」を名乗りながら、彼らの価値観と相容れない政策(特に性に関する問題や、一部の外国人政策など)を進めることに強い矛盾を感じさせる結果となった。自民党への信頼は大きく揺らぎ、長年の忠誠心にひびが入った瞬間であったと言える。
新興保守政党の台頭──「純粋な保守」の受け皿
こうした自民党への不満と不信感が渦巻く中で、新たな保守政党が台頭した。それが「参政党」と、そして岸田政権のLGBT法案成立を機に結党された「日本保守党」である。
参政党は、明確な「反グローバリズム」と「日本人ファースト」をスローガンに掲げ、既存の自民党では十分にカバーしきれていなかった保守層のニーズを巧みに掬い上げた。具体的には、外国人受け入れによる賃金水準の低下や社会保障負担の増大、治安悪化への懸念、あるいは食料安全保障や環境問題におけるグローバル企業の影響力への批判など、国民の生活に密着した具体的な問題に対して、明確な保守的視点からの政策を提示している。これらは、これまでマスコミや既存政党が人権問題としてしか扱ってこなかった領域に対し、経済的側面や国民の生活への直接的な影響を重視する層の共感を呼んだ。
また、日本保守党は、LGBT理解増進法案の成立など、自民党が「保守」の道を外れたと考える層の受け皿として、その結党自体が象徴的である。彼らは、より明確に伝統的な価値観や国益を重視する立場を打ち出し、自民党からの離反票の獲得を狙っている。
これらの新興保守政党は、従来の自民党が有していたはずの「保守」の旗を、より鮮明に掲げることで、自民党に幻滅し「行き場を失っていた」保守層にとっての「待望の受け皿」として機能し始めたのである。
SNSと草の根活動が変える「岩盤支持層」の投票行動
参政党や日本保守党の支持拡大には、その情報発信戦略も大きく寄与している。両党は、既存の主要メディアに頼らず、インターネットやSNSを主要な情報発信ツールとして積極的に活用している。これは、既存メディアの報道姿勢に不信感を抱き、「偏向報道」と見なす保守層との親和性が極めて高い。彼らにとって、SNSで発信される情報は、既存メディアでは得られない「真実」として響きやすい。
さらに、大々的なテレビCMなどではなく、全国各地での街頭演説や勉強会といった「草の根」の活動を重視している点も特筆される。これにより、地方の、あるいはこれまで政治にあまり関心のなかった層にも直接アプローチし、新たな支持層を掘り起こすことに成功している。自民党の組織票が弱体化しつつある地域や、特定の地方課題に特化した政策を訴えることで、これまで惰性的に自民党に投票していた有権者の心をも掴みつつあると言えるだろう。
岐路に立つ「岩盤支持層」の選択
今回の2025年参議院選挙は、まさに自民党を支えてきた岩盤支持層にとって、歴史的な選択を迫られる選挙と言える。彼らは今、以下の選択肢の間で揺れ動いている。
- 「自民党は依然として最善の選択」と信じ、現有の自民党保守派議員を支持し続ける。 この層は、自民党が日本の政治を安定的に運営できる唯一の政党であり、たとえ不満があっても、内部から改革を進めるべきだと考える。あるいは、他の野党に政権を任せるよりも、自民党の方がまだマシだと「消去法」で選択するケースも含まれるだろう。
- 「自民党はもはや保守ではない」と判断し、参政党や日本保守党に乗り換える。 この層は、自民党の政策転換や、党内保守派の影響力低下に失望し、より理念に忠実な新興保守政党に「真の保守」の希望を見出す。自分たちの価値観を代弁してくれる存在として、積極的に支持を表明する。
この選挙は、日本の「保守」のあり方そのものを問うものとなるだろう。自民党がこれまで当然のように享受してきた「岩盤支持層」からの票が、新興保守政党にどこまで流れるのか、その結果は今後の日本の政治地図に大きな影響を与えることになる。自民党がこの保守層の離反にどう向き合い、どのような戦略で票の流出を食い止めるのか、あるいは食い止められないのかが、今回の選挙の最大の注目点の一つとなるだろう。
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